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「価値観が合う人」ではなく「価値観を擦り合わせられる人」

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COME TO LIFE「「価値観が合う人」ではなく「価値観を擦り合わせられる人」」-1

最初から「価値観が合う人」などいるわけがない


考え方が合わないとか、価値観が合わないなどを理由としてお断りをいただくことがあります。


ご本人のお考え100%尊重いたしますが、そもそも最初から考え方が合う人とか価値観が合う人なんているのでしょうか?


私はいないと思います。


その理由は?というと、


人は「条件付き愛情付与」という「手段」で育てられるから


親が条件付きの愛情しかもっていない、ということではありません。


親は、子どもが言葉を理解したり、親が微笑んだらそれをみて嬉しそうにした子供に、嬉しいという感情を返します。


子どもが少し大きくなって、親の言うことを聞かないと叱ります。


子どもが、道路に飛び出したりして命の危険を招くような行為をしたら、そのようなことをしないように叱ります。もし交通事故になりそうだったら大声をあげて叱るかもしれません。


友達を殴ったり、突き飛ばしたり、友達のものを取ったりしたら、それも叱ります。


親が好ましいと思う行動には、感情的な慰撫による承認という報酬を与えます。ものを報酬として与える場合もあるでしょう。


親が好ましくないと考える行動や、社会的に是認されない行動には、叱るなどの感情的な威迫をともなった懲罰を与えます。


物事の理非(やってよいことわるいこと)がわからないうちは、感情的な慰撫や感情的な威迫によってやってよいこと、やってはいけなことを学習させるしかないからです。


叱る、は言い換えれば「そのよう行動をするあなたを承認しませんよ、許しませんよ」、ということを感情的に理解させることです。


親の伝えたいことは、「あなたのその行動を承認ませんよ、許しませんよ」であって、「あなたを承認しませんよ」ということではないのですが、子どもがその違いを理解するかどうかは、難しいところです。


K.M.B.ブリッジェスさんによると、新生児の情緒は興奮しかなく、生後3か月頃になると快・不快の情緒が分化し、新生児では空腹や満腹などの生理的刺激によって情緒が引き起こされてきたものが、次第に親の顔や声といった刺激にも反応が起こるようになり、一般に不快の情緒の方が早く分化するそうです。2歳くらいまでに著しい分化を遂げ、5歳くらいまでに成人に見られる情緒がでそろうそうです(創元社 杉田峰康先生「新しい交流分析の実際」より)。


新生児の生理的な刺激から引き起こされる情緒から、成長するするにしたがって人(親)からの感情による刺激にって情緒を分化させて育ってゆくと言えます。


感情を刺激して育てられることは、褒められる行動をして褒められるという報酬を得ること、叱られる行動をして恐怖や嫌な気持ちになることを回避することにつながります(親もその様な効果を本能的に期待しています)から、人は結果として、脳の報酬系の機能(欲求を充足して心地よいという「報酬」を得たいという性向)や、恐怖と関連する偏桃体の機能(それは怖いこと嫌なことだから回避しようという性向)を強化することになると考えられます。


当然、親や教師からは好ましくないとされる行動を、あえてとることによって、脳の報酬系の機能(欲求を充足して心地よいという「報酬」を得たいという性向)をはたらかせる、ということも起こり得ます。

悪いことばかりをする、という行動を、親の無関心に対して、「叱られる」ことが、親の関心が自分にむけられる「報酬」になると感じるのであれば十分に考えられます。


つまり人は、合理的、理性的な検討を経た判断よりは、自分が満足できる(報酬系から報酬が与えられる)だろうという予想、自分が満足しない(報酬系から報酬が与えられない)だろうという予想、こうなるのは嫌だ(≒怖い)からそれは避けようという判断が、大きな影響力を持つように育てられていると考えらえる、ということです。



価値観は千差万別にならざるを得ない


どのような育て方が良いとか悪いとか言いたいわけではありません。


親の考え方や、考え方に基づく良いこと良くないことの判断や子供への接し方(誉め方叱り方)は千差万別ですから、人の考え方、考え方に基づくこれは好ましいこと、これは嫌なこと、という、いわゆる「価値観」は千差万別になるでしょう。


同じ趣味を持ち、同じ趣味の中で好きなものが同じだから、価値観が同じ、ということも言えるかもしれませんが、同じ趣味を持ち、同じ趣味の中で好きなものが同じだから結婚してもうまくゆくはず、と考える人は少ないでしょう。



人は最初から価値観を自己開示しない


さらに、出会って日の浅い人に自分の「価値観」について、「私はこういう価値観を持っています」と説明する人もいないでしょうし、説明できる程度に自分の価値観を明確に把握している人も少数派でしょう。


心理学では「自己開示」に対して「自己呈示」という概念があります。


「自己開示」が、「自分が自分について真実と感じていることを開示する」ことであるのに対して、「自己呈示」は、「自分の利益をはかるために自分をよく見せようとする」ことと言えます。


人が、『合理的、理性的な検討を経た判断よりは、自分が満足できる(報酬系から報酬が与えられる)だろうという予想、自分が満足しない(報酬系から報酬が与えられない)だろうという予想、こうなるのは嫌だ(≒怖い)からそれは避けようという判断が、大きな影響力を持つように育てられている』とするならば、他者から、自分を良い人や魅力的な人と見られることが『自分が満足できる((報酬系から報酬が与えられる)だろうという予想』が働き、その一方で、この人とは交際したくない思われることは、自己概念を著しく傷つけることが予想されますから『こうなるのは嫌だ(≒怖い)からそれは避けようという判断』が働くでしょうから、出会って日が浅い段階においては、「自己開示」ではなく、「自己呈示」「自分の利益をはかるために自分をよく見せようとする」がなされるのではないでしょうか。


また「自己開示」「自分が自分について真実と感じていることを開示する」ことによって、開示した内容がお相手から拒絶を受ける結果となった場合には、自己概念を著しく傷つけられ、もしくは自己を否定されたと感じるかもしれませんから、出会って日の浅い人、その人が自分を真摯に受け止めたくれる人だという確信が持ていない段階では、「自己開示」は通常は控えるでしょう。


仮に、出会って日の浅い人から、自己開示として「私の価値観はこうです、あなたの価値観は?」と言われたら、多くの人は「引いて」しまうでしょう。


認知行動療法(認知療法系)では、人の意識の表層に現れる自動思考が「非機能的な」ものである場合には、気分の低下をもたらし、気分の低下が継続すると心理的な困難を生むと考えます。


「非機能的な」ということの意味は、「現実的でなく、自分に気分の低下をもたらす」という意味です。


たとえば失敗して落ちこんでいる人の話を聞いて、あなたが「その状況ではあなたの責任ばかりとは言えないよね、その失敗は不可避だったかもしれない、全部が自分の責任だと考えなくてよいのでは」と考えたとして、落ち込んでいる人が「私の能力がないから失敗した」と考えて落ち込んでいたら、「私の能力がないから失敗した」という考え方は「現実的でなく、自分に気分の低下をもたらす」から「非機能的な」自動思考だよね、ということになります。


自動思考という名前の通り、非機能的な自動思考は自動的に生じて、苦悩や心理的な困難もたらしますが、通常は意識していません。


通常意識していない自動思考を意識するため、「気分の低下」を感知して、「今私は何を考えただろうか」と自問して自動思考を特定し、非機能的なものから機能的なものに修正するという作業に取り組みます。


さらに認知行動療法では、自動思考を引き起こすものとして、生育暦を通じて形成された中核信念と中核信念と自動思考を媒介する媒介信念を想定します。


表層の自動思考ですら、完全に把握している人は少ないので、中核信念、媒介信念となればほとんど人が把握していません。


これらのことから言えることは、出会ったばかりで、共に過ごした時間が少ない人同士が、相手の「価値観を理解する」ことは、まず無理、ということです。


出会ったばかりで、共に過ごした時間が少ない人同士が判断できるのは、両親や社会からから刺激され続けてきた「快と不快から分化した情緒による判断」、わかりやすくいえば好き嫌いという判断、ということになります。


もちろん、好き嫌いという判断は、当然に尊重されるべき判断です。


「価値観が合う」という「概念」はあっても、「価値観が合うかどうか」は、容易には判断できません。


共に過ごす時間を重ねて、相互に価値観が理解できても、ご自身の価値観とお相手の価値観が合致する、ということは無いでしょう。


当然、あなたの価値観をお相手に強制することもできませんし、お相手もあなたに強制適用することもできません。


つまり、「価値観が合う人に出会う」といのは「概念上(想像の上で)は成り立っても」、たぶん現実にはあり得ないことだと考えた方が、悩まなくてすむように思います。


例えて言えば「価値観が合う人に出会う」というのは「おとぎ話」くらいに考えた方がいいように感じます。


もちろん「価値観が合う人に出会う」こ可能性が、まったくない、ということではありません。



「考え方が擦り合わせられる人」かどうか


育った環境も、就業環境も違い、就業環境が違えば、どのような行動や考え方がその就業環境において好ましいのか、という「行動の判断」の前提として形成される「価値判断」も異なるでしょう。


そのような前提に立てば、結婚相談所の婚活においては、お相手が、あまりに自分が考える好ましいマナーや行動規範と著しくずれていて不快、という場合を除けば、その人が、


「一定程度自分の希望する条件に合致するか」


ということと、


「考え方・価値観をすり合わせてゆくことができる人か」


「自分も譲歩するし相手も譲歩してくれて相互に受容し合える関係が築ける人」


だろうか、ということがお付き合いを深めるか、お断りをするかの判断に際しては考慮すべきこと、ということになります。


当然、「自分も譲歩するし相手も譲歩してくれて相互に受容し合える関係が築ける」状態になるには、相互の信頼関係つまり、趣味趣向が同じ、というレベルでの話ではなく、「自己開示」「自分が自分について真実と感じていることを開示する」ことができる人であると、相互に認め合えることが必要になります。


また、「自分も譲歩するし相手も譲歩してくれて相互に受容し合える関係が築ける人」という観点から結婚を考えるなら、一般的に若い年齢層の方が有利になるでしょう。


年齢が若いほうが、相手に合わせて自分を変える柔軟性があると考えられること、自分のライフスタイルを変えて、結婚後のライフスタイルへ統合することへの抵抗が少ないと考えられるからです。


一般論として、社会へ出て経験を重ねるにしたがって、経験から学び自己の業務分野に習熟してゆくというメリットが蓄積する一方で、自分が経験していないことへの対応力などの柔軟性は失われてゆくと考えられます。


そのように考えると、下記コラムの結婚の最頻値年齢26歳27歳を、社会や仕事に適応し安定な状態に入りつつあり、なおかつ結婚生活への柔軟性を備えた年齢ととらえるならば、一般的な理解として「結婚適齢期」とみなしても合理的、ということになります。


もちろん人の成長や成熟度合には個人差がありますから、「結婚適齢期」は各人の成長や成熟度愛によることになります。


「男女共同参画局」コラムから引用します。


『一般的には、「平均値」を基準に物事を考える人は少なくない。しかしながら、上記の図のとおり、「平均値」は、大きな値や小さな値(外れ値)に引っ張られるという特徴があるため、必ずしも実際の姿を正確に表しているわけではないことには留意が必要である。

例えば、「令和2(2020)年の女性の初婚年齢の「平均値」は29.4歳であった」と聞くと、30歳前後で結婚した人が多かったように感じるが、実際に令和2(2020)年の女性の婚姻件数の年齢別の状況を見ると、婚姻が最も多かった年齢(初婚年齢の「最頻値」)2は26歳であり、27歳以降は、年齢が上がるごとに婚姻件数が大きく減少している。男性についても同様の傾向が見られ、令和2(2020)年の初婚年齢の「平均値」は31.0歳、初婚年齢の「最頻値」は27歳であり、初婚年齢の「平均値」と、初婚年齢の「最頻値」の間に女性は約3歳、男性は約4歳の差があった。』

「平均値と最頻値考察~「平均初婚年齢」と「初婚年齢の最頻値」の間には3歳から4歳の差~」より引用

https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/zentai/html/column/clm_01.html



他者や統計データと自分の比較は無意味


他者との比較は、学校の成績や、会社での業務の遂行状況の評価という、特定の評価基準という、きわめて限定的な条件の下で成り立つものですから、自分の生き方の実現の一部である結婚においては、他者や統計データとの「比較」で判断することはあまり意味がありません。


「最頻値からは離れるにしたがって結婚はしにくくなる」とか、


「平均初婚年齢を超えると結婚は難しくなるようだ」とか、


ということは考えない方が良いと思います。


そのように考えても、あなたには何のメリットもありません。


なぜならば、統計上の結婚最頻値(年齢)が男性27歳、女性26歳、平均初婚年齢が男性31.0歳、女性29.4歳であって、あなたが仮に35歳であって結婚をしたいと希望するならば、あなたが今できることをする以外に、結婚に至る方法ありませんから、「最頻値からは離れるにしたがって結婚はしにくくなる」とか、「平均初婚年齢を超えると結婚は難しくなるようだ」とか考えることは、「あなたが今できることをする」という行動を妨げることにつながる可能性がありますから、あなたの害になっても利益になることはありません。


「最頻値からは離れるにしたがって結婚はしにくくなる」とか、「平均初婚年齢を超えると結婚は難しくなるようだ」とか考えることは、「相当苦労するだろう」「できないかもしれない」・・・結婚をあきらようか・・・という方向にはたらく可能性もあるでしょう。


あなたがこれらの年齢を超えているのであれば、26歳の自分も27歳の自分も29.4歳の自分も31.0歳の自分はもはやどこにもないのですから、統計値と現在の自分を比較することに意味はなく、比較することによってあなたの結婚への意欲をくじくのであれば、統計値と自分との比較は害毒です。


あなたにが仮に35歳であれば、あなたには35歳の現在の自分があるだけなのですから、35歳の自分ができることをする以外にできることはありません。


なぜこんなことをくだくだとお伝えするかというと、すでにお話したように、人は『感情を刺激して育てられることは、褒められる行動をして褒められるという報酬を得ること、叱られる行動をして恐怖や嫌な気持ちになることを回避することにつながります(親もその様な効果を本能的に期待しています)から、人は結果として、脳の報酬系の機能(欲求を充足して心地よいという「報酬」を得たいという性向)や、恐怖と関連する偏桃体の機能(それは怖いこと嫌なことだから回避しようという性向)を強化することになると考えられます。』ので、人から良く思われること、つまり自分がしたいことではなくて、人から良く思われることを通じて、『脳の報酬系の機能(欲求を充足して心地よいという「報酬」を得たいという性向)』を刺激してしまうことがあるからです。


「人から良く思われること」を無意識に求めていると、「この年で婚活して失敗したら恥ずかしい」という「非機能的な自動思考」も生まれます。


致し方ありません。


人の目を意識して、人から良く思われることによって『欲求を充足して心地よいという「報酬」を得たいという性向』を、人は心に植え付けられて、育つのですから、人の目を意識することは、人が育つ過程で人の心にビルトインされている、と言ってよいでしょう。




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