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婚活をたてなおす(2-1)「メンタルをたてなおす」

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COME TO LIFE「婚活をたてなおす(2-1)「メンタルをたてなおす」」-1

「メンタルをたてなおす」ヒント


『婚活をたてなおす』(1)では、


1.自分をていねいに扱う


2.マインドフルネスの考え方


3.生き苦しさを感じている場合の対処


についてご説明しました。


前回『婚活をたてなおす(1)』では、ご紹介していないのですが、


メンタル面のたてなおしに関して、


比較的取り組みやすく、継続して取り組むことによって効果が実感できる方法


として


 『認知行動療法』の考え方 + マインドフルネスの活用


が、あげられると考えています。


認知行動療法は自分でも取り組める


あなたが、「うまくいかなくて、すこしへこんでいる状態」


であれば、『認知行動療法』の考え方を学び、マインドフルネスを併用することで、自分で気分の改善に取り組むことは可能です。


マインドフルネスは、『認知行動療法』の方法に基づいて、気分の低下を感知したり、気分の低下を招いた思考を特定する上では有効です。


マインドフルネスの源流となったとされるヴィパッサナー瞑想は、自分の感覚(心身に起こった緊張や不快感)や心の状態を自ら観察する訓練をします。


自分の体の動きや、心身の感覚を観察する訓練を通じて、通常意識しない心と体の感覚を知り、強化された観察力により、自分の中に生まれる思考、思考によって生まれる感情などを感知して、放す、つまり追いかけ続けないことで、苦悩の発生につながる心のはたらきの停滞を防止します。


認知行動療法では、気分の低下を意識し、気分の低下やその時の状況等を記録します。これをセルフモニタリングといいます。


気分の低下は「非機能的な自動思考」によってもたらされるため、「非機能的な自動思考」の内容を検討、修正するために「今何を考えただろうか」と自問して内容を確認し、その自動思考の内容が合理的なものかどうか検討して「自動思考」そのものや自動思考を生んだ自分の認知(受け止め方)を修正することで、気分の低下を改善し、行動の促進を図ります。その前提としてセルフモニタリングが必須になってきます。


認知行動療法が前提とする、人間の認知のプロセスは、「感情が生起するまえには思考が起こる」というものです。気分の低下に先行して、「非機能的な自動思考」つまり気分の低下を起こすような不快な思考が起こっているのだから、その不快な思考を検証して合理的でない部分は修正すれば、気分の低下は解消できるし、自分の受け止め方(認知)も、より適合的なものかわってゆくと考えます。


マインドフルネス(ヴィパッサナー瞑想)の依って立つ考え方は、感覚器官が感覚、知覚するとその知覚に刺激されて、人は自由に認知し想像して、苦悩を生み出す、だからそのプロセスをよく観察して、苦悩を生み出さないようにするためには、ヴィパッサナー瞑想(観察瞑想)によって観察する能力を養い、苦悩を生み出す原因を無くせばよい、というものです。


つまり、マインドフルネス(観察瞑想=ヴィパッサナー瞑想)と認知行動療法は、似た者同士で相性が良いといえます。


後にご説明する、マインドフルネス認知療法の創始者の1人、J.ティーズデールさんは、Sumedoさんというお坊さんの講演を聞き、


「仏教による苦悩の分析の核心部にあるアイデアと認知療法の基本的仮説の類似性に衝撃を受けた。」


と語っています(マインドフルネス認知療法原著第2版 星和書店)。


そもそもヴィパッサナー瞑想を創始したと言われる釈迦の、人間に対する考え方自体が、生きている限り、人間は感覚器官を通じて知覚することを止められない、知覚に基づいて自分が判断すること(=認知)が、自分が知らないうちに苦悩を生む、でも人は知覚することは止められないから、自分の感覚、知覚と認知をしっかりと観察して、気を付けないと知らず知らずのうちに苦悩の元をつくってしまうよね、というものであったと理解しています。


釈迦の考え方は、「認知行動療法」と基本的を同じ方向性を持つと言えます。


研究者の方の人間の認知に関する説明を引用すれば、


「刺激が、感覚→知覚→認知という順番をたどっていくほどに、物理的な刺激の世界から自由度を持つ表象の世界を私たちがつくり上げていく。これは逆に言えば、物理的な刺激の世界から自由度を持つ表象の世界を私たちがつくり上げていくことでもある。」


ということになるでしょう(大山泰宏さん 産業カウンセラー養成講座テキストより引用)。


釈迦は、『物理的な刺激の世界から自由度を持つ表象の世界を私たちがつくり上げていく』過程で、心地よいと感じるものに愛着をもち、不快と感じるものを嫌い、本来生まれては消えてゆく『物理的な刺激の世界』『自由度を持つ表象の世界を私たちがつくり上げていくこと』に執着するから苦悩がうまれるのではないですか、と説いたように思われます。


言い換えると『物理的な刺激の世界から自由度を持つ表象の世界を私たちがつくり上げていく』過程で、自ら苦悩の原因を作り出していることに気付かないのが人間だから、自分の感覚、感知、認知という心の働きを良く観察して、苦悩の原因になっていることを取り除けば苦悩から解放されるよね、ということを言われていると理解してよいと考えています。この方法論が「四聖諦」であるといえます。


認知論アプローチとして共通する


マインドフルネスの原型となったと言われる釈迦の方法論と、認知(行動)療法は、認知論アプローチとして共通性があります。


釈迦は、「生老病死は苦である」と言いました。


釈迦は苦悩を滅しましたが、「生老病死」を超越して、永遠の命を得たわけではありません。


つまり「生老病死は苦である」という事実を認める一方で、


『「生老病死は苦である」という事実』によっても、


自分の心に苦脳が生じない状態、つまり認知のあり方を再構成


して、苦悩を滅したと考えられます。このことは、釈迦の方法論は脳の機能の転換をもたらす、といったほうが適切かもしれません。


『「生老病死は苦である」という事実』によっても、自分の心に苦脳が生じない状態、つまり「認知の再構成」は、認知行動療法の方法論と同じです。


認知行動療法の、基本的な仮説は、


「出来事があなたを苦しめるのではなく、出来事に対するあなたの認知があなたを苦しめるのです」


というものです。


マインドフルネスによる相乗効果


1.「セルフモニタリング」能力の向上


マインドフルネスを継続することにより、自分の心の観察能力が向上しますので、認知行動療法の技法である「セルフモニタリング」の能力が向上します。


セルフモニタリングは、自己に生じた「非機能的な自動思考による気分の低下を感知」し、「非機能的な自動思考の内容を特定する」ことがねらいです。


「非機能的な自動思考」を説明すると、「自分が経験した出来事によって、半ば無意識に生じた、非合理的で、あなたの気分を下げ、さらに行動を阻害する、あなたの役に立たない、ネガティブな思考」という意味です。


「非機能的な自動思考」が生じれば、気分が当然下がりますし、体は緊張します。気分の低下、体に生じた緊張を、マインドフルネス(ヴィパッサナー瞑想)は、心と体に生じた苦悩ととらえる訓練をします。


よく「認知のゆがみ」という言葉を耳にされると思います。


人の認知は多かれ少なかれ歪んでいます。それが個性だとも言えます。


「認知のゆがみ」という言葉は、「歪んでいない認知」とはどのようなものか、ということを提示することなく、ある人が周囲に不適合な行動をとったことの説明として「認知のゆがみ」と説明されることが多いようです。


しかし一方では、「非合理的で、あなたの気分を下げ、さらに行動を阻害する、あなたの役に立たない、ネガティブな思考」を修正することは、気分の改善が図られるだけでなく、出来事を理解し受け止めるための、あなたの「理解の仕方、受け止め方」を改善するという効果もあります。


これは、あなたにとっては、自分を苦しめることにつながる「認知のゆがみ」を修正して「認知を改善」することになります。


マインドフルネスは、体のうごき、体の感覚などへ、意識を集中して観察することによって、体の感覚の変化に気付く感受性を高め、さらには思考、思考によって生じた感情への感受性を高めます。


つまり、「体の感覚の変化に気付く感受性を高め」ることにより、「非機能的な自動思考による気分の低下の感知」することが容易になり、さらには「思考、思考によって生じた感情への感受性を高め」ることによって「非機能的な自動思考の内容を特定する」こともも容易になります


2.思考を識別する能力の向上


人は大半の時間を、「今ここにいる自分の体のうごきや感覚」に意識を向けることなく、「いまここにないこと」を考えることに費やしています。


「こうだったらいいな」という状況は今ここにありません、「こうなるのはいやだな」という状況も今ここにはありません。


つまり「いまここにないこと」を脳の機能が生み出して、「いいな」「いやだな」という感情があなたに生じたことになります。


好きな食べ物をたべて「おいしい」と感じていることは、「いまここでおこっていること」です。


「好きな食べ物を思い浮かべた」ときに、「好きな食べ物」は今ここにありませんが、『好きな食べ物をたべて「おいしい」と感じ』たことが記憶からよみがえり、「食べたい」という欲求がおこったとすれば、それは「いまここに生まれたあなたの欲求」です。


突然「好きな食べ物を思い浮かべた」のであれば、自分の気持ちが落ち込んでいるから、『好きな食べ物をたべて「おいしい」』と感じることによって、気分を上げい、という「自動思考」が生じたのかもしれません。


マインドフルネスは、「私の体、感覚の、いまここにあること」に意識を向けて観察してゆくことを通じて、「いまここにあること」と「事実としてここにないけれども脳が生み出したこと」を識別するの機能を養います。


「非機能的な自動思考による気分の低下」は、あなたの心に生じた「いまここにあること」ですから、「非機能的な自動思考」を検知するという、認知行動療法の「セルフモニタリング」する能力を向上させます。


「いまここにあること」と「事実としてここにないけれども脳が生み出したこと」を識別するの機能によって、「非機能的な自動思考」の内容が、「あるもの」なのか、「ないけれども自分が生み出したもの」なのかを検証する能力を養成することにもなります。


3.自己効力感の向上


マインドフルネスは、体のうごき、体の感覚へ意識を集中して観察します。


しかし、体の動き、体の感覚へ意識を集中し続けることは、最初は簡単ではありません。


人は、自分が自由になる時間の大半を、「今ここにいる自分の体のうごきや感覚」に意識を向けることなく、「いまここにないこと」を考え、それによって感情の起伏を生み出すことに費やしています。


「今ここにいる自分の体のうごきや感覚」へ向けた意識は、すぐに「いまここにないこと」を考えることに向かいます。


人は、考えること自体にも、心地よいと感じ(欲求)しますし、考えて自分の感情を刺激すること(その多くは気分をあげること)にも、心地よいと感じ(欲求)します。


このことは、「いまここにないこと」を考えたいという「欲求」があるととらえた場合、「今ここにいる自分の体のうごきや感覚」へ意識を向けなおすことは、『「いまここにないこと」を考えたいという「欲求」』を断ち切ることになります。


「欲求」』を断ち切ることで意志の力が発揮され、自己効力感がすこしづつ養われます。


ということは、「今ここにいる自分の体のうごきや感覚」へ意識を向けることだけでなく、「いまここにないこと」に向かった意識を、もう一度「今ここにいる自分の体のうごきや感覚」へ向け直すこと自体が意志を必要として、その効果として自己効力感を養うことになります。


そして、一定程度の時間「今ここにいる自分の体のうごきや感覚」に意識を向け続けることが出来るようになると、集中力が養われます。


マインドフルネス中に集中力が高まっていることを感覚として知ることが出来れば、意図的に集中力を高めようとすることもできるようになります。


意図的に集中力を高めることができると「自己効力感」が現実味をももって実感できます。


自分の心をコントロールしているという感覚が「自己効力感」を高めるのでしょう。


行動活性化技法と併用することにより、相乗効果を発揮して、より自己効力感を高めることが出来ます。


4.嫌悪感の減少


「欲求」』を断ち切る訓練を行うことは、「それをしたい」という欲求、つまり感情的な欲求を断ち切る訓練を行うことになります。


感情的な欲求を断ち切る訓練は、「それは嫌だ」、つまり「それは回避したい」という感情的な欲求を希薄化することにもつながるようです。


「念身経」というお経があります。


このお経は、呼吸を意識することや自分の行動(体のうごき)を意識して行うことを説いています。


つまり、現在のマインドフルネスと同じ方法が説かれています。


正確に言えば、マインドフルネスが「念身経」から続く瞑想の方法論の活用している、と言った方が良いでしょう。


そしてこの「念身経」を実践した時に、10の利益があると釈迦は説いています。その一番目の利益が、


「好き嫌いを克服できるようになる。かれは嫌悪感をものともせず、生じてくる嫌悪感を打ち負かし続ける。」

(春秋社 原始仏典第七巻 第119経より)


「かれ」と言っているのは、男性出家者(比丘)に向けて説かれた時のことが、お経として伝わっているからです。女性を除外しているわけではありません。


2番目の利益が、恐怖心の克服です。


3番目の利益が、辛辣で不愉快な発言に耐え、身体に生じる苦しい感覚をこらえられるようになる、ことですが、「身体に生じる苦しい感覚をこらえられるようになる」は、カバットジンさんが創始したMBSR、マインドフルネスストレス低減法で実際に取り組まれていることです。


やっと4番目になって、4つの禅定(悟りの段階)に自由に出入りできるよ、と言われています。


釈迦の方法論は、嫌悪感や恐怖、他者からの誹謗中傷に傷つかず、ひどい体の痛みにも耐えられることの先に、悟りがあるというものであったようです。


ただし誤解しないでください。


精神論でもなければ、難行苦行によって強い意志をつくる、といったたぐいのものではありません。


釈迦は、難行苦行を否定していますし、考え方は両極端にならない中道を大事にしたようです。


脳の構造として、大脳により情報処理をされる前の記憶は、大脳辺縁系の海馬に蓄えられ、海馬の先には偏桃体があり偏桃体は恐怖の感情と深く関連しているそうです。


このことを踏まえて、好き嫌いの克服について考えてみます。


釈迦の認知論では、好きなことも、それに心が留まってしまい、好きなことが手に入らないければ、欲しいけれども手に入らない苦しみが生じる、嫌いなことがあって嫌いということに心が留まってしまうと、嫌いなもの遭遇する苦しみが生じる、ということのようです。


好きでも嫌いでもそれに心が留まる(執着する)と苦しみになるよね、ということでしょうか。


嫌いな人であっても、仕事上で付き合わなければならいない、今日はあの人と打ち合わせがある・・・嫌だな。


この状態は、「嫌いなあの人」に、偏桃体が恐怖と類似する不快の感情を感じたから、「嫌い」という「あの人から離れたい」という感情を生じたことの由来するのかもしれません。


そうではなくて「嫌いなあの人」の話し方や、態度、その根底にあると推測される考え方が、ご自身の「嫌い」という「あの人から離れたい」という感情を生じたのかもしれません。


いずれにしても、感情が刺激されている、感情が関与しているということは、言えそうです。


釈迦の方法論は、感情を抑えて付き合いを優先しなさい、とか、感情的な判断は止めなさい、などというものではありません。


①自分の心と体に、苦悩が生じていることを理解しなさい


②苦悩が生じたら生じたら生じたと知り、そのプロセス(原因、要因、結果)をよく観察しなさい


③なぜ苦悩が生じたわかるでしょう(苦悩が生じないようにするには原因をつくらなければよい)


④苦悩が生じないように心がけなさい


釈迦の方法論は、嫌いという感情がおこったら、嫌いという感情が起こったと知り、それが起こるプロセスを注意深く観察しないさい、そうすればなぜ嫌いという苦悩が起こったのかがわかるよね、わかったら嫌いという苦悩を起こさない方法もわかるから、それを実践すれば苦悩は起こらない、というものです。


苦悩から目をそらすのではなく、苦悩が生じたプロセス、つまり、その原因と要因、その結果もたらされたあなたの苦悩を良く観察すれば、苦悩を無くする方法が見つかるはずだよ、なくす方法が見つかったらそれを実践すれば苦悩から解放されるよね。


でもその観察は簡単にはできないから、自分がしていること(体の動き)や、自分の体に生じる感覚を注意深く観察することによって、感受性を養ってね、そうすれば、自分の心に生まれる変化(心が留まっているところや思考、感情の生起と衰滅)が理解できるようになるよ。そうすれば、好き嫌いや恐怖という苦悩が生まれなくする方法がわかるでしょ、というのが念身経のウリ(説くところ)ではないかと思います。


例えば、嫌いと感じる経験が強い刺激であったことなどによって、大脳の情報処理の前に、偏桃体に、あの人は危険だ、離れた方がいい、という情動が起こり、その情動が保持され、大脳の情報処理を阻害(あの人のことを考えるのも嫌だ)してきたために嫌い、という感情が保持されてきたとするならば、釈迦の方法論は、大脳の情報処理を活用して嫌いという感情(苦悩)を抑制する方法、と考えられるかもしれません。


少し踏み込んで考察すれば、あの人は嫌いだから顔も見たくない、という認知は、大脳による十分な情報処理が行われた結果ではなく、海馬から偏桃体への情報伝達がなされておこなわれた即応的、感情的な反応が強く保持され続けている認知であるとしたならば、それに対する釈迦の方法論は、苦悩の発生を知り、苦悩を避けず、苦悩を観察することによって、大脳への情報伝達を促進し、その結果として、苦悩が生じなくなるという脳の情報処理能力の改変をもたらす、ということかもしれません。


釈迦は、解剖学や神経学、心理学がない時代に、自己の心のはたらき、心のうごきを観察することによって、嫌悪感や恐怖、さらには辛辣な言葉や身体の激しい痛みを感じる脳の情報処理機能、脳の情報ネットワークの機能を改変することによって、これらの苦悩や苦しみを克服したように思います。


ストレス耐性と「認知」の関係


「ストレス耐性の高さと認知のあり方がどう関連しているかに関しては、多くの研究がある。例えば客観的に同じ状況であっても、「きっとうまくいく」という将来に対してポジティブ幻想を持っている場合は、それを持っていない場合によりもストレスを感じにくいという。また、ストレス要因がさほど大きくない場合は、自分で努力すれば何とかなるという自己効力感を持っている方が、ストレスは感じにくい。逆に、自分で努力しても無駄であるという自己効力感が低い場合、また、自分の能力を過小評価し自分は人より劣っていると思い込むなどの自尊感情が損なわれている場合は、ストレスを感じやすくなる。」(大山泰宏さん 同上書)。


活動がうまくゆかずストレス状態が生じているのであれば、


「自分で努力すれば何とかなるという自己効力感」という「認知」を育ててゆくこと


「自分の能力を過小評価し自分は人より劣っていると思い込む」という「認知」の状態を改善してゆく


ことにより「婚活をたてなおす」ことができるのではないでしょうか。


「ポジティブに考える」は、ほぼ無意味


ポジティブに考えることが大事、というアドバイスをされる方もいらっしゃるかとも思います。


あなたが、ポジティブに考えることで、婚活の停滞が解消されるのであればそれに越したことはありません。


とはいえ、


「うまくいかなくて、すこしへこんでいて、行動が停滞している」のであれば


「やらなきゃいけないことはわかってるけど、やってもうまくゆかないのではないかと予想して、行動をためらっている状態」、


とも考えられ、その状態=認知が気分を低下させ、不安が増大している


のですから、


ポジティブに考えなさい、と言われてポジティブに気持ちが切り替えられる方には、ポジティブに考えなさいというアドバイスは有効です。


しかし、頑張ってみたけれど、うまくゆかなかった場合には、ポジティブに考えて期待が膨らんだ分、うまくゆかなかったときの感情の落ち具合は大きくなります。


このように考えると、必要なことは、


小さなことの積み重ねによって行動を活性化し、


自己効力感の増大、自尊感情の回復(=認知の修正)をはかること、


並行して、気分を低下させる原因、不安が生じている原因(認知)を突き止めて、対処すること、


これらを通じて活動量の増大を図ることで、結果へつながる確率を上げてゆく


ということが必要ですよね、という建付けになります。


認知行動療法の方法論


大野裕先生は、このように言われています。


「不安は『危険』という認知と関係しています。その状況を危険だと判断し、それに対処するだけの力が自分にはなく、他の人たちから助けてもらえないと考えると不安になります。」(はじめの認知療法 講談社現代新書)


自己効力感の増大や自尊感情の回復は、大野先生が言われる


「それに対処するだけの力が自分にはなく」


「他の人たちから助けてもらえないと考える」


という自分についての考え方を検討して、


自分の考え方が、


「合理的じゃないよね、自分の役に立たない考え方だよね」と感じたら修正し、


「そんなに怖がる必要はないんだ」という考え方へと転換しながら、


自分ができる「行動」から取り組み始めて、その行動を自分自身が振り返って、


「できたから、もう少し頑張ってみよう」「自分にも対処する力があるんだ」


という考え方を強化することによってたらされます。


そのために認知行動療法では、セルフモニタリングや、行動活性化技法、認知再構成法、問題解決療法、ソーシャル・スキル・トレーニング、エクスポージャー法などを活用します。


ちょっと厄介なお話し


ここで、少し厄介なお話をしなければならないのですが、認知行動療法と一口に言いますが、実は「認知療法」系の「認知行動療法」と、「行動療法」系の「認知行動療法」があります。


「行動療法」は「認知療法」をとりいれ、「認知療法」は「行動療法」を取り入れそれぞれが「認知行動療法」となったようです。


それゆえ、学会も2つあります。


「認知療法」系の「日本認知療法・認知行動療法学会」(旧日本認知療法学会)


「行動療法」系の「日本認知・行動療法学会」(旧日本行動療法学会)


ティーズデールさんさんたちが、マインドフルネスの統合したのは「認知療法」です。


マインドフルネスと認知療法


マインドフルネスと認知(行動)療法はすでに融合されています。


ベックさんの後継者と言える娘さんのジュディス・ベックさんも、技法として認知行動療法にマインドフルネスを「統合」すること、セラピスト自身がマインドフルネスに取り組むことが有益であることを述べています(認知行動療法実践ガイド:基礎から応用まで 第三版 ージュディス・ベックの認知行動療法テキストー 星和書店)。


J.ティーズデールさん、M.ウィリアムズさん、Z.シーガルさんは、マインドフルネスに認知療法を統合して「マインドフルネス認知療法」を創始しました。


ティーズデールさんが、Sumedoさんというお坊さんの講演を聞き、(すでにご紹介しましたが)「仏教による苦悩の分析の核心部にあるアイデアと認知療法の基本的仮説の類似性に衝撃を受けた。」(マインドフルネス認知療法原著第2版 星和書店)ことがきかっけであったようです。


釈迦の人間のとらえ方と、認知行動療法の方法論は、基本的には「認知論的アプローチ」ですから、「自分の感覚、知覚、認知をしっかりと自分で観察して」「気を付けてゆく」ための方法であるヴィパッサナー瞑想とヴィパッサナー瞑想を源流としたマインドフルネスは、認知行動療法と相性が良いと言えます。


これらを背景に、マインドフルネスを技法として活用すること、マインドフルネス的な「態度」「方向性」を心理療法に取り入れる動きが進んでいます(日本評論社 新世代の認知行動療法 熊野宏昭さんご参照ください)。


「やらなければいけない」という思考は無力


「やらなければいけない」と考えて、それが行動につながり、相応の反応(結果)が出ている方は、たぶんこのブログに目を止めていただいてはいないと思います。


「やらきゃいけないってわかっていても、なんだかうまくいかないように感じて・・・行動につながらない」


から、


「婚活をたてなおす」っていう標題に興味を示していただいている


のだと思います。


自己効力感が低下、自尊感情が傷ついていて行動が停滞している状況では、「やらなければならない」とか「頑張れ」という言葉は、ほぼ無力です。


「やらなきゃいけない、がんばらなきゃいけない」と分かっているけど、行動する気になれない、頑張る気にならないのですから。


まずは自己効力感や自尊感情を回復するための手立てを講じることが先決だと考えます。


必要なことは(1)


不安感情を低減することです。


認知行動療法では、「気分の低下」に先立って、「気分を低下させる思考」、言い換えると「非機能的な自動思考」が生じていると考えます。


「非機能的な自動思考」の意味は「自分が経験した出来事によって、半ば無意識に生じた、非合理的で、あなたの気分を下げ、さらに行動を阻害する、あなたの役に立たない、ネガティブな思考」という意味です。


こんな思考が生じていれば、気分下がって、不安が増大して、やる気なくしますよね。


「非機能的な自動思考」は、気分の低下を招き、不安感情を刺激し強めます。


留意してもらいたい点は、「意識せずに行われている思考」ということです。


「意識せずに行われている思考」という点は、釈迦の、苦悩の発生原因を示した認知論にも共通します。


「非機能的な自動思考」の感知(気分の低下に気付くこと)、「非機能的な自動思考」の内容の検討(どのようなことを考えたか)、にはマインドフルネス(ヴィパッサナー瞑想)は有効です。


私の経験からご説明します。


定年退職した年のことです。昼食後、仕事机に座り仕事を始めようとしたところ、胸が圧迫されるような嫌な感覚が生まれました。


ヴィパッサナー瞑想で行う「受の随観」で感知する「苦の感受」だな、原因は何だろうと考えたところ、昼食時に見ていたテレビでの海外ツアーの紹介を見て、「今のままじゃ海外旅行なんてとてもいけそうもないな」とつぶやいたことが思い出されました。


「そうと決まったわけではない、これから挽回できる」と言い直したところ、「胸が圧迫されるような嫌な感覚」はすぐになくなりました。

この時は、私はこれが「四聖諦」なのかなと思いました。


後に認知行動療法を学んでから、私がつぶやいた、「今のままじゃ海外旅行なんてとてもいけそうもないな」という「非機能的な自動思考」を、「そうと決まったわけではない、これから挽回できる」と修正したことで気分の低下が改善されたのだ、ということを理解しました。


定年退職後、これからの人生の再構築を迫られていた時期、いわゆる「ライフサイクルの危機」時であったことに加えて、インフルエンザにより、熱はすぐに下がったものの、2週間ほど満足な食事がとれず体力が低下し、体重は6キロ減った(筋肉量が減少)という状態の中で、頑張って結婚相談所を軌道にのせなければ、と思うものの気力がわかない、という状態からの回復時期でした。


のちに、カウンセリングの勉強を本格的に始めた際、病気になったときは「うつ状態」(うつ病の発症ではない)になることが多いと学びました。


この時の経験から、「やらねければならない」という思考は、気分の低下時、不安が強くなっているときには、「やらねければならないのに、それができない自分」を強く意識することになるため、無益というより、むしろ害になると理解しました。


私の場合は、自分では意識しないうちに、認知行動療法の考え方に基づいて、行動活性化法、認知再構成法という技法を活用していた、ということになります。


また、マインドフルネスによって、自動思考、自動思考の背後にある信念へのアクセスが容易に哉っており、認知再構成法に取り組むことが容易であったこと、それに加えて瞑想への集中状態の経験を維持することで、不安感と「いやいやながら」日常の活動をする、ということが確実に減少してきたようです。


マインドフルネスの中核的な効果


マインドフルネスについては、感情面での改善、具体的には不安感の減少、「いやいやながら」活動することが減少することは、中核的な効果だと思っています。


すでにご紹介していますが、釈迦は「念身経」のなかで『身体に対する注意』を養う(ヴィパッサナー瞑想を行う)ことの10の利益を上げ、その一番目と2番目に次の2点をあげています。(春秋社 原始仏典第7巻 第119経)


1.好き嫌いを克服できる。


2.恐れと怖じ気を克服できるようになる。


「ほんとかな~」って思われますよね。


でも3番目の利益としてあげられている2つの内の一つ


「身体に生じる苦しい、はげしい、ひどい、つらい、嫌な、不快な、死にそうな感覚をこらえられるようになる。」


という利益は、


J.カバットジンさんが、マサチューセッツ大学医学部の「ストレス対処およびリラクゼーション・プログラム」で、慢性疼痛患者さんに、「注意を集中する技術」の指導を行うことで実現しています。(マインドフルネスストレス低減法 J.カバットジン 北大路書房)


何故『身体に対する注意』を養成すると、痛みに耐えられるのでしょうか?


グレゴリー・ベイトソンさんの論考を参考に考えてみましょう。


「誰かに足を踏まれたとき、私が経験するのは “ 彼による私の足の踏みつけ ” そのものではなく、踏まれてからややあって頭に届いた神経報告をもとに再構成された “ 彼による足の踏みつけについての私のイメージ ” にほかならない。」


「痛みすら、正真正銘の創り出されたイメージである。」(思索社 精神と自然 佐藤良明さん訳)


カバットジンさんは、患者さんは「ストレス対処およびリラクゼーション・プログラム」で、「注意を集中する技術」を学ぶ、と説明しています。


痛みに「注意を集中する」することによって、


「正真正銘の創り出されたイメージである」痛みを、


「痛みの発生によって、痛みを嫌悪して、痛みから注意をそらし、痛みの性質を知ることなく、大脳辺縁系中心の即応的、情動的な判断による、耐えられない痛みというイメージの生成」


から、


痛みへ注意を集中することによって、痛みの性質を知り、耐えられない痛みではないという、大脳による処理を経た、冷静な判断によるイメージの生成」


へと変換したと考えれば納得がゆきます。


『身体に対する注意』を利益の一番目と2番目は、


1.好き嫌いを克服できる。


2.恐れと怖じ気を克服できるようになる。


ですから、この痛みに耐えるという利益を実現できた段階で、好き嫌い、恐怖といった感情に影響される「情動的な判断」は、一定程度克服されていると考えられます。


脳の構造から考えてみる


これもすでにご紹介済みですが、大山泰宏さんのお話を引用します(NHK出版 人格心理学)。


「私たちが体験したことは、大脳で意味的な処理をされる以前に、いったんこの海馬にしばらくのあいだ蓄えられる。」


「海馬の先端には情動に関する中心的な役割を担う偏桃体がある。この海馬の構造が意味するところは、意味化される以前の体験と記憶は、情動体験と深く結びつついているということである。」


「とりわけ、偏桃体は生命の維持のためには、まずもって重要な危険を察知するための情動である恐怖の情動と深く結びついていることが知られている。」 


大脳での意味的処理を経ない記憶が海馬に蓄えられること、


海馬の先端には偏桃体があり、偏桃体は恐怖の情動と深く結びついていること、


を考えると、『身体に対する注意』を養う(ヴィパッサナー瞑想を行う)ことは、


大脳で処理をされていない情報によって偏桃体が刺激され恐怖の情動が刺激され、「耐えられない痛み」であると認識する脳の働きを、


大脳での情報処理によって、「耐えられない痛みではないという認識」を優位にする脳の情報伝達ルートを修正する、ということとらえられるかもしれません。


このことを、カバットジンさんの「ストレス対処およびリラクゼーション・プログラム」に当てはめれば、「注意を集中する技術」を学ぶことによって、慢性疼痛の患者さんは、偏桃体による「情動的な判断によるイメージの生成」から、大脳の情報処理による「冷静な判断によるイメージの生成」を行うことが出来るようになった、ととらえてもよい可能性があります。


このように考えると、「身体に生じる苦しい、はげしい、ひどい、つらい、嫌な、不快な、死にそうな感覚」に対しても、「注意を集中する技術」によって「情動的な判断」を抑制することで脳の情報のやり取りが変化し「こらえられるようになる」と考えても不思議ではありません。


『身体に対する注意』の養成は、意識しながら息を吸い、意識しながら息を吐くこと、歩くこと、立っていること、座ること、横たわること、見ること、体の曲げ伸ばし、食べたり飲んだり噛んだりすること、眠ったり目覚めたり、話したり黙ったりすることを意識して行う(春秋社 原始仏典第7巻 第119経より)ことですから、言い換えれば「注意を集中する」ことになります。


当然に「痛み」が発生すれば「痛み」を意識しますから、「注意を集中する」ことの対象になります。


釈迦の方法論の要諦はここにあるようです。


日常生活の体の動きを意識して行い、

今自分がしていることを知ることによって集中力と観察力を養い、

好き嫌いが生じたら、好き嫌いから意識をそらさずに、好き嫌が生じたと意識する(大脳への情報伝達を促進?)、

恐れが生じたら、恐れから意識をそらさずに、恐れが生じたと意識する(大脳への情報伝達を促進?)、

痛みが発生したら、痛みから意識をそらさずに、痛みが生じたと意識する(大脳への情報伝達を促進?)。


この方法論によって、ベイトソンさんのいう「正真正銘の創り出されたイメージ」の変換をはかる、ということだとも考えられます。


この考え方を、苦悩に適用して、


苦悩が生じたら、苦悩から意識をそらさず、苦悩が生じたと意識する(大脳への情報伝達を促進?)、

苦悩の生じた過程を知れば苦悩の原因がわかる(大脳による情報処理?)、

苦悩の原因がわかれば苦悩を消滅させる方法がわかる(大脳による情報処理?)、

苦悩を消滅させる方法がわかれば、苦悩を消滅させる方法を実践すれば苦悩はなくなる、


と発展させれば「四聖諦」になります。


釈迦は、瞑想による集中力と観察力により苦悩を観察し、その観察に基づいて苦悩を滅し、思考(尋・伺)を滅し、さらには喜びと安楽すら滅するに至った(春秋社 原始仏典第7巻 第119経〔四禅定による修習〕より)のですから、釈迦の方法論は、現在の認知行動療法の到達点を、はるかに超越した到達地点にまで至った、きわめて強力な認知(行動)療法だとも言えます。


極めて強力な認知(行動)療法ではあるのですが、労働に従事せず、家族も持たず、もっぱら修行に専念した結果、到達した境地であることは考えておかなければなりません。


今日の私たちは、一日修行できませんし、3時間5時間とぶっ通しで瞑想することも難しいでしょう。テーラワーダのお坊さんが説く悟りも現実的ではないように思います。


マインドフルネスは、そのメカニズムを知り、自分が取り組める時間を捻出して、効果的に取り組むしかありません。


脳内の快感物質が関係している?


歩行の瞑想を定期的にやり始めて3か月ほどたちます。


机に向かって前かがみになって仕事をしていと内蔵への負担がかかること、動かないと睡眠の質が落ちることから、午前午後おおむね45分をメドにウォーキングをするようにしています。


ウォーキングするならば、歩行の瞑想に取り組もうと考えて行うことにしました。


段々と歩行に集中できるようになってきました。開始から10分程度たつと、


① 両脇にガイド(手すり)ついている道を歩いているような感覚になり、安心して歩行の感覚に意識が向かう状態になります。


② この感覚をもう少し継続したい(コンビニの前を通りかかっても寄り道をしたくない)、という気持ちが出てきます。


高校生の頃、部活で長距離を走った時の、苦しいけども足を止めたくない、というランナーズハイを思い出させる感覚です。


瞑想への集中は、脳内の快感物質の分泌を促すのかもしれません。


観察に意識を集中することによって、脳内の快感物質が分泌され、集中→快感物質分泌というオペラント条件付けがなされたとするのならば、快感を求めて集中力は上がりますし、集中によって快感を感じることが出来ますから、集中への動機づけも上がります。


瞑想への集中は、瞑想時以外でも喜びを増加させるようなので、快感物質の分泌と関係しているのかもしれません。


瞑想による観察への意識集中により、脳内の快感物質が分泌されると仮定すると、好き嫌い、恐れを感じることは抑制されるでしょうから、「好き嫌いを克服できる」「恐れと怖じ気を克服できるようになる」ということには、納得がゆきます。


必要なことは(2)


意欲を刺激する仕組みをつくること、です。


私が実際に感じた行動活性化法をご説明します。


まず、自分がどの活動にどのくらい時間をかけているか、正確に把握しようとして以下の2つを行ったことが始まりです。


① 毎日、その日の自分の活動を記録する「活動記録表」をつける。

② 婚活で「自分が行うと決めた生産的な活動」を特定する。③ 

③ 「活動記録表」にもとづき、「自分が行うと決めた生産的な活動」にどの程度の時間をかけているかを「集計」する。


認知行動療法では、「自分の価値に沿った行動」を活性化することを目指しますので、「自分が行うと決めた生産的な活動」が「自分の価値に沿った行動」である必要があります。


ほかの人がやっているから、ではなく


「自分の価値に沿った行動」を自分に当てはめて見たときに、


どのような状態を実現したいと考えて婚活に取り組んでいるのか、


ということを考える必要、言い換えれば自分と向き合う必要があります。


行動活性化法の効果


私がこの方法により感じた効果は、


① 最初は、「予め自分が行うと決めた活動」がとれていなくても、

② 10分20分といった取り組み結果であっても、「見える化」することによって、

③ 「これだけできたのだから、もう少しやれそうだ」という気持ちになり、

④ 活動時間が確実に増えてゆく=「活動量が増えている」ことを確認することで、取り組む意欲が増す、

⑤ 活動のバランスについても一目瞭然のため、次週はこの活動を増やしてゆこう、という発想になってくる


ことです。


また、「活動記録表」の副次的なメリットとしては、積極的休養をとる、つまり今日は「生産的な活動」をしない、休む、と決めたら「活動記録表」に「OFF」と記入してしまえば、罪の意識なく活動を休めることです。


自己効力感の回復の観点からも、この方法は良いと思います。


活動量を「見える化」して、すこしづつ増やして、「これだけやった、もう少し頑張ってみよう」という活動への意欲を刺激することが「自己効力感」の向上につながる、ととらえていいと思います。


ご自身で、行動活性化法に取り組まれるときには、以下のような手順でされたらよいと思います。


① 活動に取り組める時間(自分のリソース)を明確にする

② 自分のリソースに基づき活動記録表のフォームをつくる

③ 活動記録表で把握する「婚活活動」を決める

④ ③できめた「婚活活動」の項目と時間を転記する「集計表」をつくる

⑤ 現在の活動状況に基づき1週間「活動記録表」「集計表」をつけてみる

⑥ 「活動記録表」「集計表」で1週間を振り返ってみて、次週の活動を考える


この場合、お見合いや交際の成立といった「成果」は求めないほうがいいでしょう。


「成果記録表」ではなくて、あくまでも「活動記録表」だからです。


「成果」につながるであろう「活動」を少しづつ増やしてゆくことで、「自分にはできる」「対処する力がある」という認知を少しづつ増やしてゆくことがねらいです。


活動量が増えれば、「成果は必然的についてくる」という発想で行動活性化、つまり「心理的な抵抗なく活動量を上げる」ことを心がけた方がいいと思います。


あれこれ迷うと不安になりやすい、ということもあるので、最初は、「心理的な抵抗なく活動量を上げる」と割り切って「自分にはできるんだ」という自己効力感の回復につながることを目指した方がいいと思います。


活動量が上がったうえで、「成果」につながりにくい、と感じたのであれば、その理由を考えて、対策としてとる行動を、「活動」に加えてゆけばよいと思います。


「対策としてとる行動」は、婚活カウンセラーに相談してください。そのための婚活カウンセラーですから。


「成果」につながりにくい場合には、問題を細分化して取り組む「問題解決法」や、お相手との対面での印象改善を狙いとした「ソーシャル・スキル・トレーニング」などが役立つかもしれません。


「オペラント条件付け」を活用する


行動活性化法に、「オペラント条件付け」を活用して、活動や活動量の目標をクリアしたら、自分が望む「報酬」を自分にあげるようにすると効果的です。


実は、この「オペラント条件付け」の考え方は、最初に就職した会社で多用されていたのですが、「自発的に活動の目標を決める」「自分の望む報酬を与える」という条件を満たしていなかった(つまり、上司から「やらされてる感」の強いものだった)ので、その時の私は、ほぼ効果を感じませんでした。


大事なことは、


自発的な、私はこれをする、という活動の目標を決めること


報酬は、自分がそれを得るために、ちょっと頑張ってみようと感じる「報酬」を選ぶこと


です。


ベックさんの共同研究者でもあり、同じく認知アプローチをとる論理情動行動療法(論理療法)創始者の、アルバート・エリスさんの本には、オペラント条件付けの「報酬」の例として、ここには書けない、かなり「プライベートな領域の楽しみ」についても挙げられています(もちろん違法なものではありません)。人に公表してやるものではないので、自分が自分に与えられるもので、なおかつ、そのために自分が頑張れる「ご褒美」であることが大事です。


私の場合は、「今日は結構頑張ったなあ、でも、もう少し、ここまでやりたいな」と思った時、ここまでやったら今日はワインを開けよう、とオペラント条件付けをします。この「報酬」は、かなり強力です。


アルコールの依存性の強さを実感します。飲まないと決めたときには飲まないことができるので、アルコール依存症ではありません。


ただし、アルコールを摂取した日は、睡眠の質が落ちて、次の日の気分は少し下がることが認識できます。ご褒美ではあるのですが、得るものがあれば、失うものもある、と考える必要があるようです。


アルコールを「オペラント条件付け」に活用される方は、「連続的に」ではなく「間歇的に」行った方がいいと思います。


「間歇的に」行えば、「連続的に」行うよりも、相対的に「報酬」の価値は上がります、つまり「オペラント条件付け」がより強力になります。


必要なことは(3)


「自分、他者、世界のとらえ方」を変えることに取り組むことです。


「活動記録表」で、「自分にはできる」「対処する力がある」という認知を少しづつ作ってゆくことと並行して、「非機能的な自動思考」を修正するとともに、「自分、他者、世界のとらえ方」を変えることに継続的に取り組むとよいと思います。


私は、マインドフルネスを活用して、認知行動療法の「認知モデル」に基づいた「媒介信念、中核信念の認知再構成」を行っています。


カウンセリングで一番難しいことは、カウンセラー自身の「自己理解」であるそうです。それゆえ自己理解に継続的に取り組むためです。


認知行動療法の「認知モデル」について少し長くなりますが、上記ジュディスさんの本から引用します。


『「認知モデル(cognitive model)」が提唱するのは、端的に言うと、すべての心理問題の背景には非機能的な思考が共通してみられる(そしてそのような思考がクライアントの気分や行動に影響を及ぼす)ということである。』


『自らの思考をより現実的かつ適応的に検討することが出来るようになれば、その人のネガティブな感情や行動が改善されるだろう。』


『リカバリー指向のアプローチでも、セラピストは、その人が自らの自動思考を評価できるように手助けする。ただしその際、すでに生じてしまった認知(自動思考)よりも、これからの1週間において、その人が特定の目標を達成するために新たなステップを踏み出すことの妨げになりそうな認知に焦点をあてる。』


『認知は、それが適応的であっても不適応的であっても、3つのレベル発生する。そのうち、最も表面的なレベルで生じるのが「自動思考」(例:疲れすぎて何もできない」)である。』


『次に「媒介信念(intermediate berief)という認知があるが、これは背景にある思い込みのようなものである(例:自分から仲良くしようとしても、どうせ拒絶されるだろう」)。』


『最も深いレベルの認知が、「中核信念(core befief)で、これは自分自身、他者、そして世界に対する認知である(例:「私は無力だ」「みんな、私を傷つけようとしている「世界は危険だ」)。』


『クライアントの気分は行動の改善をより確実なものにするために、これら3つのレベルの認知のすべてに取り組む必要がある。自動思考のみならず、背景にある非機能的な信念を修正できれば、クライアントの変化はより強固なものになる。』


『たとえば、ある人が事あるごとに自分の能力を過小評価しているとする。その場合、その人には「自分は無能だ」といった中核信念があるかもしれない。一般化されたこのような信念を修正することができれば(すなわち、自分自身をより現実的にとらえられるようになれば)、日常生活における個々の状況におけるとらえ方も変わってくる。「自分は無能だ」といった信念による自動思考が頻発することは無くなり、たとえ何かうまくできない状況があっても、「自分はこれ(特定の課題)が得意ではない」といった程度の思考に留まるようになるだろう。』


『さらに、リカバリー志向のアプローチにおいては、ポジティブで現実的な自動思考(例:私にだって上手にできることはたくさんある」)を生み出し、ポジティブな媒介信念や中核信念(例:「根気よく取り組めば、必要なことを学べるだろう」「他のみんなと同様に、私にも強みと弱みがある」)をはぐくむことを重視する。』


まず最初にとりむこと


「セルフモニタリング」と「認知再構成法」です。


「セルフモニタリング」は、日常生活の中で、自分の気分が下がったとき、緊張感が生まれたときなどに、どのような状況でそのようになったかを記録します。


「思考記録表」に記録することでも可能です。


「セルフモニタリング」を効果的に行うためには、マインドフルネスが役に立つことは、すでにお話しました。


「認知再構成法」は、「思考記録表」に基づき、「非機能的な自動思考」を生み出すことを抑制するための方法です。


「認知再構成法」は、「思考記録表」のワークシートがありますので、ワークシートの従って検討してゆきます。


例えば「思考記録表」のワークシートの記載内容は、


① 気分の低下や嫌悪感が生じた状況

② その時に感じた気分(最大を100%として何%くらいか、感覚的でよい)

③ その時に生じた「非機能的な自動思考」の内容(「今何を考えただろうか?」と自問する)

④ その「非機能的な自動思考」がどのような「根拠」に基づき生じたのかを考える

⑤ その「根拠」は確からしいかどうか、検討し反論する

⑥ 検討、反論に基づき機能的、適応的な思考はどのようなものか考えてみる(「非機能的な自動思考」の修正)

⑦ 機能的、適応的な思考によって②の気分は何%になったか


「認知再構成法」によって、「非機能的な自動思考」=「自分が経験した出来事によって、半ば無意識に生じた、非合理的で、あなたの気分を下げ、さらに行動を阻害する、あなたの役に立たない、ネガティブな思考」を生じないようにすることを目指します。


その次に取り組むこと


「認知再構成法」で、「非機能的な自動思考」が生まれることを防止でき、気分の低下がもたらされなくなった場合には、そこで終了することもあります。


さらに、心理の深層にある中核信念(スキーマと言われることもあります)、媒介信念(推論の誤り言われることもあります)を修正することに取り組む場合もあります。


カウンセリングをお申込みいただいた場合には、認知再構成法の進み具合をお聞かせいただきながら、どうするかをご相談しながら進めることになります。


認知行動療法を学ぶための「本」


「認知行動療法実践ガイド:基礎から応用まで 第3版 ジュディス・ベックの認知行動療法テキスト」

伊藤絵美さん 藤沢大介さん訳 星和書店 


セラピストが、認知療法系の認知行動療法の考え方と実践方法を学ぶための標準的テキストと言えます。


文量が多い(約600頁)ですが、


① 認知行動療法の基礎からセラピーの実践方法まで理解するための「教科書」であること


② 各章に「振り返りのための問い」「実践エクササイズ」が設けられており、自らが実践しながら学ぶ方法をとっていること


③ セラピーで利用できるワークシートも紹介されています。


認知行動療法を基礎から学びたい方、しっかり取り組みたい方にはお勧めです。


「はじめての認知療法」大野裕さん著 講談社現代新書


こちらは新書で、自ら実践してみようとという方向けの本です。


大野先生は、アーロン.T.ベック博士の下で学び、(旧)日本認知療法学会理事長を務めた方です。


認知療法系の認知行動療法の、ご自身での取り組み方が学べます。


2010年から認知行動療法は、医師または医師と看護婦が行う場合には保険適用されています。


保険適用されてはいるのですが、認知行動療法の訓練を受けた医師、看護師が少ないため、大野先生は、医師および看護師向けの手引書として「認知療法・認知行動療法 治療者用マニュアル」も執筆されています。























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