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デート代奢り奢られ論争、IDEAL MARIAGEの結論

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IDEAL MARIAGE「デート代奢り奢られ論争、IDEAL MARIAGEの結論」-1

~あなたの"理想"を共に見つけ、いつでもあなたの"理想"でいてくれる~


IDEAL MARIAGEは、30代・40代専門の地域密着型【京都市】の結婚相談所です。


デート代は男が奢るべき?!

デート代は男が払うのが常識


いつの時代からでしょうか?学校で教わったわけでもないのに、昔から遺伝子レベルで刷り込まれてきたこの概念。

ただ、これに対する賛否だけは人によりまちまちで、その意見の違いからネットやSNS上でもよく議論の的になりがち。「鶏が先か、卵が先か」と同じぐらいいつまで経っても答えの出ない(答えの存在しない)人類永遠のテーマとなっています。


そこで、この問いに対して毎回恒例のThreadsに投稿した質問へのコメントを交えながら、IDEAL MARIAGE代表である私が自身の見解を示そうと思います。


先に言います。十人十色、人により意見の分かれるテーマです。あくまでも個人的な考えなのですが、場合によっては読まれている方の気分を害する可能性もあります。そんな時は戻るのボタンから他のIDEAL MARIAGEブログを読んでください。それでも読み進めて下さい。誰が読んでも新たな発見と納得が感じられるはずです。それでもど~しても私に訴えたい意見があるなら、メールアドレスからその声を送ってきてください。好き嫌いはともかく、本質を突いた意見だと思うのでね。


Q.「デート代、男性が女性に奢るべきという論争どう思う?」


奢る・奢られるとはつまりこういうこと

そもそも、奢る側、奢られる側にある心理と両者にある関係性。この2つを考えると答えは見えてきます。

結論を言うと、男性が奢るべきという意見に対して概ね賛成。というか反対まではしない。ただしこれには"条件"があります。それが「奢る側、奢られる側にある心理と両者にある関係性」←この部分。


元来、奢るという行為は目上の人が目下の存在にするものですよね?上司が部下に奢る、先輩が後輩に奢るetc…

よく見かける光景ですが、この逆のパターンはほとんどない。ということは

・奢る側→収入や社会的地位が上

・奢られる側→収入や社会的地位が下

この関係性が当てはまるわけですが、「男が奢るべき」と主張する女性はこの上下関係を受け入れるべき。これが先に挙げた条件です。これを認められるならば「男が奢るべき」と言い張るのも致し方なし。ただし「男女平等が~」という人に関してはこの限りではない。というものです。


だいぶ炎上しそうな内容ですが(笑)、これは後ほど説明するこの概念が生まれた歴史的、社会的背景にも繋がるものです。


男が奢るという概念が生まれた背景

さて、この一般論、いつからどのような理由で生まれたのでしょうか?


まず、近代以前から欧米や日本でも「男性が女性に贈り物をする」「男性が女性をもてなす」という文化は存在したようです。ただ、現在のような男女で食事に行くことをデートと呼ぶようになったのは割りと最近。19世紀後半~20世紀初め頃にかけて、欧米諸国での話です。日本ではちょうど幕末から明治時代の近代化が一気に進んだ時代ですね。


では、この時代の男女はどのような社会的立場に置かれていたでしょうか?

今のように女性の社会進出なんてものはほとんどなく、「男は外で働き、女は家事に努める」これが当たり前でした。女性の就業機会や賃金は極めて限られたもであり、男性が働いて収入を得る、女性は家事を担うという性別役割分業が一般的でした。

つまり、当時は女性は自由に使えるお金を男性ほど持っていなかったということです。

そのため

男性が女性を誘う→男性がお金を出す

という構図が一般的であり合理的でもありました。


日本も例外ではなく、むしろ「男が稼ぐ」という風潮がさらに強くなりました。明治の近代化以降、戦争が終わり高度経済成長期にかけて「夫が家計を支え、妻が家庭を支える」というモデルが広く定着しました。


だからこそ、その男性が将来的に家計を支えられるかどうかを量るための指標として経済力が結婚相手の重要な項目になったのです。

すると結婚以前、恋愛段階でも

女性を食事に連れていって奢れる男性=経済力のある男性→経済力のある男性=家計を支えられる男性

という一連の価値観が成立しやすくなったのです。


メディアの影響も大きく

さらに日本のバブル期(1980年代~1990年代初頭)には、男性が高級レストランやドライブに女性を連れていき、男性が惜しげもなく高い金額を負担するという(理想の?)デート像がメディアを通じて世間一般に強く可視化されました。

なので、「男ならデート代ぐらい出すべき」という一般論にはこの時代の影響もかなりあったのです。


価値観は時代とともに変わる。それでも...?

では、今の時代にこの社会的前提は当てはまるでしょうか?

男性優位な社会の中、市川房枝や平塚雷鳥らが女性の地位向上を訴え、津田梅子や与謝野晶子らが女性の社会進出を促進。そして、1985年に男女雇用機会均等法が成立すると、徐々に女性が自身のキャリアを自由に築き収入を得るようになりました。

すると「男は働く、女も働く。共に収入があり、家計も家庭も共に支え合う」という価値観が浸透し、「男が稼いで男が支払う、女はそれを支える側」といった構図は通用しにくくなりました。そうなると、男が奢るべきという旧態依然とした考えはもはや前時代的なものであり、かつての男尊女卑的な価値観を支持することと≒になってしまうと言えます。


私が『「男が奢るべき」と主張する女性はこの上下関係を受け入れるべき。これを認められるならば「男が奢るべき」と言い張るのも致し方なし。ただし「男女平等が~」という人に関してはこの限りではない。』と主張したのもこのためです。


時代と価値観の変化という意味で言うと「男性も家事育児に積極的に参加すべき」という意見も一昔前とは異なるものですよね。今まで申し上げてきた通り、家事は女性の役割であり男性がするものではありませんでした。それが今や「そんな考えは古い」とばかりに女性は"イクメンパパ"を求めるようになったのです。

お金:男が奢るべき(前時代的なままでOK)

家事:男も参加するべき(前時代的なままはNG)

と、女性都合で古い感覚が支持されたり、時には非難されたりしている現実が実際にあります。


Threadsのコメントと照らし合わせると...

ありがたいことに、私のこのような内容の投稿に対して様々なコメントが寄せられました。いくつか紹介しながら、私の意見を綴っていきたいと思います。


奢り奢られ論争の真理?

男性の方でしょうか?


奢り奢られ論争はこの方の意見が真理かなと思います。女性が可哀想と思ったら奢ってあげたらいいかと。


と、他の方の投稿のスクショと共にこのようなご意見をいただきました。その"この方の意見"というのがこれです。


男性には奢ってほしいのではなく、奢りたいと思ってもらえなかった自分に価値がないと感じてしまうのが辛いよね。


なるほど。これを読んで、こう思ってしまう女性は精神的に成熟していないのだろうなという印象を抱きました。偶然でしょうか?私の周りの女性はそんなことで自分の価値を気にしたりはしません(笑)

「男性に奢ってほしいのではなく」とありますが、男が奢るべきと主張する女性ほど奢られなかった時にショックを受けるから、それを避けようとしているのでしょうね。「奢るべき」と主張して実際その通りになれば、価値がないと感じることがなく自尊心も傷つかずに済みますから。

このような趣旨の返答をすると


そうですね。こういう女性は、お金を払ってもらえなかった=自分の価値が下げられたと思うから憤慨しているんでしょうね。もともと精神的に男性とイーブンな関係になれないのでしょうね。


と返していただきました。言葉は丁寧ですが、なかなかに女性心理をエグる考えをお持ちのようですね。着目している部分は私と似ているなと思いました。


HOST & GUEST

また違う観点からのご意見も。それが


言葉の切り取り方が少し極端かなと思いました。

「男性が奢るべき」と考える女性はSNS上では目立つ印象がありますが、現実には「奢られるのが当然」と考えている人ばかりではないと思います。結果として、ご馳走してくれる男性が選ばれやすい場面がある、という話です。

また、奢るという行為は、恋愛だけでなく接待やお祝い、お礼など様々な場面で行われます。同じ"奢る"でも文脈によって意味は異なるため、「奢る=上下関係」と一律に結びつけるのは少し単純化しているように感じます。

奢るのはあくまでもする側の厚意です。だから「奢るべき」と要求するのも違うし、逆に自分の意思で奢ったにも関わらず「奢ったんだから」と相手をコントロールしようとするのも違うと思います。

男性は奢りたくなければ奢らなければいい。ただ、その結果として恋愛対象に選ばれなくても相手を罵倒しない。

女性もご馳走されなくても会いたい相手と会えばいいし、ご馳走してもらえたなら感謝を伝える。そして、ご馳走してくれない男性を罵倒しない。

結局は相手の価値観の相性の問題であって「べき」の話ではないのかなと思います。


というものです。「奢るのはあくまでもする側の厚意です」から文末にかけてはその通りですね。奢ると奢られるどちらも強制、強要するものではないですから、同じ価値観の者同士で上手くやればいい話です。

ただし、冒頭から「一律に結びつけるのは少し単純化しているように感じます」までの部分については「今回のテーマにそこは関係ないよね」と感じます。

現実に奢られて当然と考えている人ばかりではないのは事実ですが、今回はそう考えている人に絞って話しているので、多数派だろうが少数派だろうがそこは問題にならない部分ですよね。それに、接待やお祝いの話にしても、その場合は性別、年齢、収入に関係なくその時々の立場によって変わるものであり、今回のテーマである「男性が奢るべき」といったような性別で一括りにして「べき」と謳うものとは異なるものです。


しかし、この接待やお祝いという考えには1つの結論に繋がるヒントがあります。また別の方のご意見も一緒に参考にしながら見ていきましょう。そのご意見がこちらです。


男性側から誘ったとして、貴重な1日を一緒に過ごさせてもらっているんだから奢るもんだと勝手に思っています。


この「男性側から誘ったとして」という前提、要するにどちらがホストでどちらがゲストなのかが重要になってきます。「男性だから...」「女性だから...」といった性別や年齢等どうあがいても変えようのない要素で一括りにするのではなく「先週は男性側から誘ったから男性側が奢った」「今週は女性側が誘ったから女性側が奢る」というその時その時の場面で変えられるものであればお互いに平等であり、奢ってでも会いたいと思える者同士が繋がれるわけです。この関係性こそ理想といえるものと思います。


義務ではなく自発性

IDEAL MARIAGEでは、本来男女の関係には互いに(自分から相手への)リスペクトと対等性がある方が断然上手くいくと考えています。2人が同じ目線の高さで尊重しあえていれば「男性が○○するべき」「女性なら○○して当然」という考えには行きつかないはずです。「今日はこっちが誘ったから自分に奢らせて」と男女関係なく自発的な好意・価値提供が出来るならば健全な関係が築けますが、反対に義務を前提とした関係では居心地が悪くそれは難しくなるでしょう。相手に義務を課すならば、自分にも課せられて当然なわけですから。


デート代は男が払うのが常識

これは一方がもう一方に対して「相手は自分に何を与えてくれるか」という相手から自分へのベクトルで物事を見ている結果出てしまう考え方です。ではなく「自分は相手に何を与えられるか」という自分から相手への物差しで接していられたら、より良い関係でいられるのではないでしょうか?


時代の変化とともに社会的な男女間の対等性が求められるようになったのであれば、男女の付き合いでも対等性は守られるはずであり、それが理想。もし対等な付き合いを望まないのであれば、社会的な対等性もなくなりそれを認めるのは自然な流れです。


「奢って当たり前」「奢らなければいけない」という義務ではなく「奢ってでもぜひ会いたい」と思える人との関りを大切にする。これが出来なければいくらお見合いや交際をしても良い結果は得られないでしょう。

IDEAL MARIAGEでは、理想のお相手との理想的な関係の構築を目的としているので、このような価値観を今後も大切にしていこうと考えております。


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