婚活彩々物語<男性編①>
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~柏木桔平 編~⑤
第5話:「心を開くということ」
あれから、藤巻楓との仮交際は、順調に回を重ねていた。
カフェでの雑談、季節の話、ちょっとした食事。
お互いに背伸びすることなく、自然体で過ごせる時間は、桔平にとって「安心」という言葉の重みを知る日々だった。
けれど——
どこか、心の奥にひっかかるものがあった。
三度目のデートの帰り道。
歩く楓の横顔が、どこかいつもより遠く感じられた。
「今日、あんまり楽しそうじゃなかったっすね?」
そう尋ねると、楓は少し驚いたように振り返った。
「え?……そんな風に見えました?」
「いや……なんとなく」
「そうですね、ちょっとだけ……話してて、疲れたかも」
「……俺、なんか変なこと言いました?」
楓は少し言葉を選んでから、こう言った。
「桔平さんって、優しいですよね。いつも私のことを考えてくれてるの、伝わってきます。だけど……」
「だけど?」
「“正しさ”で包まれてる気がするんです」
「……正しさ?」
楓は静かに頷いた。
「例えば、“こういう時はこうしたほうがいい”とか、“こうあるべき”とか。桔平さんの言葉って、どこか“正解”を言ってるみたいで……優しいけど、私の気持ちを聞いてくれてるって感じがあまりしなくて」
■沙穂との対話:変わることは、壊すことじゃない数日後、カフェでの定期カウンセリング。
桔平は珍しく口数が少なかった。
コーヒーをすすりながら、ぽつりとこぼす。
「……俺、またやっちまってたかもしれません」
「何かあったんですか?」
「楓さんに、“正しさで包まれてる”って言われました。“気持ちを聞いてくれてる気がしない”って。……やっぱ俺、変われてないですよね」
沙穂はしばらく黙ってから、こう言った。
「桔平さん、それは変わってないんじゃなくて、“変わろうとしてる途中”なんです」
「……途中、か」
「ずっと職人の世界で、結果と正しさが全てだった桔平さんにとって、“正しくなくてもいい”って受け入れることは、すごく勇気のいることですよね」
「……怖いです。間違えたら、嫌われるんじゃないかって」
「でもね、楓さんは“間違ってもいい桔平さん”を知りたかったんじゃないですか?」
その言葉が、静かに胸に落ちた。
■ふたりの再会
後日、桔平は楓に「もう一度話がしたい」と連絡をした。
いつもの駅前のカフェ。
春の風が少しずつ暖かくなってきた頃だった。
「この前は……ごめんなさい。気を遣わせてしまって」
楓は首を横に振った。
「こちらこそ、はっきり言いすぎたかもしれません。でも……私、桔平さんと話す時間、自体は好きだったんです。ただ……その奥が、知りたかったんです」
桔平は、いつもよりゆっくり言葉を選んだ。
「……俺、正しいこと言うのが癖なんですよ。現場で失敗したら大事になるし、間違えたら怒られてきたし……。だから、“間違えないように”って、恋愛でもずっとそうしてきました」
「うん」
「でも、それって、自分の弱さ見せないためだったんだなって……今になって思いました」
「弱さって、見せちゃダメなものじゃないですよ。私は、見せてほしいって思います」
少しの間があった。
桔平は目をそらさず、楓を見つめた。
「……俺、もうちょっと、自分出してみます。もし、迷惑じゃなければ、もう少し付き合ってもらえませんか?」
楓は、ふっと微笑んで言った。
「うれしいです。はい、ぜひ」
■エピローグ:自分で選ぶ未来
その日の帰り道。
桔平は、ふと思った。
“結婚なんかしなくてもいい”
あの頃の自分が見ていた未来には、誰もいなかった。
でも今は、そこに誰かがいるかもしれない。
不完全な自分を、そのまま見せてもいいと思える誰かが。
帰宅後、作業着を洗濯機に放り込みながら、スマホにメッセージを打った。
「次、どこ行きましょうか? 桜が咲いてきたら、散歩も悪くないかもですね。」
画面の中に現れた返事は、短くて温かかった。
「いいですね。楽しみにしています。」
春が、静かに、近づいていた。
完