婚活彩々物語<男性編①>
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~柏木桔平 編~④
第4話:「仮交際、そして戸惑い」
会場は、郊外の静かなレストランを貸し切った少人数制の婚活パーティーだった。
出張型相談所が企画した限定イベントで、参加者は男女合わせて10名程度。
落ち着いた雰囲気の中で、ゆったりと会話を楽しめるように配慮されている。
柏木桔平は、入口に立ったまま深く息を吐いた。
「……よし」
作業着ではない。慣れないジャケットと革靴。緊張でこわばる背筋。
自分で鏡を見ても、どこか「らしくない」気がしてならない。
だが、その“らしくなさ”が、新しい一歩だということも分かっていた。
■出会い会が始まり、1対1で順に話すスタイル。
どの相手も、礼儀正しく、会話も成立する。
だが——どこか気を使いすぎて、言葉が宙に浮いてしまう。
(また、“普通にいい人”で終わるんだろうな)
そんな風に感じかけていたとき、現れたのが——
「はじめまして、藤巻楓といいます」
—35歳、公務員。
穏やかで、自然体の笑顔。
桔平は、なぜかすぐに肩の力が抜けるのを感じた。
「柏木です。えっと……工事現場で仕事してます」
「現場のお仕事、大変ですよね。暑い日も寒い日も関係ないって聞いたことあります」
「ええ、まあ。……でも、仕事そのものは、好きなんです」
「“好き”って言えるの、すごく素敵だと思いますよ」
桔平は思わず、吹き出しそうになった。
職場では“当たり前”で流していたその言葉が、“素敵”だなんて言われるとは思ってもみなかった。
イベントの翌日。
スマホに届いた通知。
差出人は、相談所のシステムからだった。
「マッチングが成立しました。
お相手:藤巻 楓(35歳)」
一瞬、画面を見つめて、桔平は思わず眉をひそめた。
「……えっ、俺が?」
信じられなかった。
今までどれだけ申し込んでも返事がなかったのに。
イベントの途中も、周りの会話の盛り上がりと自分の硬さを比べて、途中で帰りたくなったほどだったのに。
あの優しい笑顔が浮かぶ。
(……あの人か。なんか、変な緊張しなかったな)
楓のことは、正直、印象が強かったわけじゃない。
けれど、話しているときのあの空気感。
「どこかで知ってるような安心感」があったのを、思い出す。
「……いや、まじかよ」
嬉しさと戸惑いが入り混じった感情を噛みしめながら、桔平はそっとスマホを伏せた。
気持ちが浮き上がってしまいそうで、無理に平静を装おうとした。
だが、その夜はなかなか寝つけなかった。
■最初のデート:緊張と、すれ違わない静けさ
待ち合わせは駅前のカフェ。
週末の午後、人通りの多い通りから少し外れた、落ち着いた場所だった。
楓は、ベージュのコートにくすみピンクのワンピース。
春を待つような、やさしい色合い。
髪を耳にかけて控えめに笑った姿が、なんとも印象的だった。
桔平は、久しぶりに着たジャケットがしっくりこなくて、落ち着かずそわそわしていた。
「こんにちは。今日はお時間ありがとうございます」
「こちらこそ。……なんか、ちょっと緊張してて」
「え? 私もですよ、すごく」
その“すごく”という言い方が、芝居がかってなくて、ふっと笑ってしまった。
会話は、始まりこそ探るようにゆっくりだったが、不思議と無理に話題を繋ぐ必要を感じなかった。
天気の話。
職場の話。
食べ物の好み。
そんな“なんでもない話”を重ねるうちに、桔平は少しずつ気づき始める。
(この人、相手のテンポに合わせてくれてるんだな)
自分の不器用さを責めない。むしろ「そのままの自分」でいても許される感覚。
ただの“会話が続く”ということ以上に、そこには“受け止められている”という実感があった。
だが、ふとした瞬間、沈黙が訪れる。
桔平は焦った。
(やばい、なんか話さなきゃ)
だが、その時楓は、急かすこともなく、温かい紅茶を両手で包み込みながら、穏やかに言った。
「なんか……こういう間、落ち着きますね」
「え?」
「沈黙って、気まずくなることが多いんですけど、今日は平気です」
——なんだそれ。
桔平は一瞬返す言葉を失って、それから、不意に笑った。
(……そんな言葉、今まで誰からも言われたことなかったな)
その瞬間、ほんの少し、自分がこの人といる未来を想像してしまった。
小さな妄想。だが、その芽は、確かに心のどこかに根を下ろした。
帰宅後、久しぶりにちゃんとした食事を摂ったせいか、ビールを飲んでも酔えなかった。
ふと、沙穂にLINEでメッセージを送った。
「仮交際、続けてみようと思います」
数分後、すぐに既読がついて、返信が来た。
「それは嬉しいご報告です。
桔平さんが“誰かと居たい”と思える感情、大切にしてくださいね」
大切に——できるんだろうか、俺に。
気を抜けば、頭の中には過去の声が蘇ってくる。
「桔平さんって何考えてるか分からない」
「もっとちゃんとしてくれないと困る」
「将来が見えない」
——俺は、また同じように“距離を取ってる”んじゃないか?
目の前の楓さんと話していても、どこか、踏み込み切れてないんじゃないか?
“自分を出す”って、こんなにも難しい。
沙穂の言葉がよぎる。
「大切な人を見つけるって、つまり“自分のままでいていい”って思える関係をつくることなんです」
次に会う時、もっとちゃんと話してみよう。
そんな決意が、ほんの少しだけ、眠気を運んできた。
to be continue
【※この物語はフィクションです】