№1671 大震災15年に思うこと
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今日は3月11日
東日本大震災から15年が経ちました
早いもので15年と感じる人
まだ15年と感じる人
震災への向き合い方は人れぞれ
被災地で直接、震災を経験された方
東京等で間接的に震災を経験された方
いろいろ感じ方は違いますね
私は震災当時、品川区五反田にある会社で総務の仕事をしていました
突然の大揺れに身構えて人生で初めて机の下に潜りました
恐怖でとても長く感じました
揺れが収まるとともに急ぎ、社内の被害状況を把握しはじめました
東北地方の営業所とは電話は繋がらず、ショートメッセージでやり取りを続け、社員・家族の安否確認などをしていました
不幸中の幸いで、人的被害はありませんでしたが、自宅が津波に襲われてしまった社員もいました
また、原発事故が起きて、避難区域にあったお店の社員も急ぎ避難をすることになりました
その時に、その社員と電話で話していたのですが、受話器の向こうから、防災無線のようなもので「避難するように」と呼びかけのアナウンスが聞こえ、緊張感が伝わってきたことを思い出します
原発が止まり火力発電も停止して、石油輸送ルートも絶えてエネルギー危機に陥り、計画停電が始まりました
電気は当たり前にあると思っていた私たち
電気がないと何もできなくなりました
あの大震災は私たちに様々な大きな試練を課したと思います
そのうちに電力は復旧しましたが
(いつ復旧したのかも思い出さないほど)あの頃の不便さは忘れたかのようにしている今日ですが・・・
イランとアメリカ・イスラエルとの戦争により、奇しくもエネルギー危機が身近に迫ってきました
果たして、この先どうなってしまうのか誰にも分からない世界情勢ですね
あの大震災は私たちに様々な大きな試練を課したと思います
私と家族もまた、震災後に大きな試練を迎えました
震災後に会社が倒産してしまったのです
まだ、3人の息子たちの二人は学生だったので
なんとか仕事を見つけなければなりませんでした
しかしながら、あの頃はまだ転職が厳しい時代でした
ましてや50歳のオヤジを雇う奇特な会社は見つかりませんでした
でも、どうにかしないといけないと必死の思いで
就活と独立開業の両方の道を探していました
深い霧の中を手探りで歩き回っているような状態でした
そんなある日、横浜そごうの10階にある新都市ホールで開催された「中高年対象の就職合同説明会」に参加しました
出展社の中に結婚相談所を見つけました
多くの人がブースに並んでいて
数分お話しを伺っただけでした
短いお話しでしたが「男性は採用しない」本音が漏れてきました
なので、その会社さんとはそれっきりでしたが、
「結婚相談所の仕事」は天命のように感じたので
その日から、結婚相談所の仕事を探し始めました
とはいえ、求人はまったく見つからず
やっと見つけても女性パートしか採用しないという状況でした
そこから、就職先ではなく、自分自身で開業する道はないかと切り替えて探していたところ
確か、リクルートのフランチャイズ募集広告だったと思いますが
IBJの加盟店募集記事を見つけました
さっそく本部に問い合せて説明会や面談に数回足を運び、時間をかけてよく検討した結果
「50歳からの残りの人生は、人に喜ばれる社会貢献の高い仕事をしたいから、この仲人の仕事をしよう」
そのように心に決めてIBJに加盟して2012年8月に開業することになりました
長い人生を生きていると大きなピンチは訪れるもの
でも、ピンチをチャンスに変えることもできるのが人生だと思います
私の場合は、東日本大震災後に倒産して失業した50歳の時に人生最大のピンチを迎えましたが、その結果が今の仲人カウンセラーの仕事に繋がりました
婚活中の皆さんにおかれては、すでに大きな試練を経験された方もいらっしゃれば、まだ経験されていない方もいらっしゃることでしょう
ピンチは1人で乗り切るのは大変なことです
やはり身近にいて支えてくれる家族は必要です
私は妻や息子たちに励まされて乗り越えてきました
今婚活中の皆さんには、「喜びは2倍に、辛いことは半分にできる大切なパートナー」を早く見つけていただきたいと心から願います