人は皆、見せない部分を持って生きている
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言えない想い、言わない選択
誰にだって、人に言えない苦しみがある。
誰かに話せば少しは楽になるかもしれないけれど、「愚痴っぽく思われるかも」と考えると、つい黙ってしまう。
結局、心の奥にしまい込んで、いつの間にかそれが当たり前になってしまう。
でも、それは本当に「当たり前」で済ませていいものなのだろうか?
見えているものだけがすべてじゃない
日常生活でも、SNSでも、目に見えるのは一部分だけ。
他人の幸せそうな姿や成功しているように見える瞬間だけを見て、「この人はいつも順調なんだな」と思ってしまうことがある。
でも、それは本当にその人の「すべて」なのだろうか?
例えば、SNSに投稿された楽しそうな写真。
その背景に、どんな苦悩や努力があるのかなんて、そこには写っていない。
幸せそうな投稿をしている人だって、人知れず悩み、涙することもある。
けれど、そういう部分はあえて見せないだけ。
SNSは「その人の一瞬の切り抜き」にすぎない。
それなのに、私たちはつい「この人はこんな生活をしているんだ」と、すべてを知った気になってしまう。
言えない苦しみと、言わない選択
誰かに話せば「愚痴っぽい」と思われるかもしれない。
だから、黙っておく。
その選択が間違いだとは思わない。
言いたくないことを無理に言う必要はないし、誰かに理解を求めることが必ずしも正解ではないから。
でも、もし心が限界を迎えそうなときは、「言わない」という選択以外にも目を向けてみてほしい。
話せる相手がいないなら、ノートに書いてみるのもいい。
信頼できる人に「ちょっと聞いてほしい」と伝えてみるのもいい。
「言葉にすること」で気持ちが整理されることもある。
愚痴でもいい。
吐き出すこと自体が、自分を守るために必要なこともあるのだから。
人はみんな、何かを抱えて生きている
「この人は何も悩みがなさそう」
「私よりずっと恵まれているんだから、苦しみなんてないはず」
そう思うことがあるかもしれない。
でも、人は誰でも、見せないだけで何かしらの悩みや苦しみを抱えている。
それを表に出さないかどうかの違いがあるだけで、本当に「何も抱えていない」人なんていないのかもしれない。
だからこそ、目に見えるものだけで判断しないこと。
誰かの言葉や行動の裏にある「見えない部分」に、ほんの少しだけ思いを巡らせてみること。
それだけで、見える世界が少し変わるかもしれない。
「見えているものがすべてじゃない」
そう思えるだけで、自分自身の苦しみも、他人の苦しみも、少しだけ優しく受け止められるようになる。
言えない苦しみを抱えているのは、あなただけじゃない。
みんな、それぞれの方法で向き合いながら、生きているのだから。